ビジネスコミュニケーション「仕事がはかどる話し方のコツ」
◆よりよく生きるためのツール ~ 究極のコミュニケーション能力を磨く ~
話力総合研究所 理事長
合宿研修会
おわりに
いろいろお話ししてきました。これまで、話力は単なる話し方、聴き方ではなく、「人間の総合力」だということをお伝えしてきたつもりです。日常生活でも、仕事などの活動の場でも、長期的に、より良く過ごしていくには、小手先の話し方、聴き方だけでは足りないのです。話し方、聴き方だけでは、必ずどこかで破綻します。己を十分に生かしていくためには、話し手として、あるいは聴き手としての自身の問題を考えなければなりません。なぜなら、話す、聴くことを通して、自身の内面が周囲に伝わっていくからです。その人のあたたかみ、やさしさ、明るさ、楽しさ、誠実さ、まじめさ、内容的な重みや熱意です。その人のこれまでの生き方が表れるのです。意識する、しないに関わらず、自分がさらけ出されるのです。また、経験や努力が結実するのです。
私が理事長を務める話力総合研究所は、『コミュニケーション能力を磨くための「話力理論」を広めること。そのために、話力理論を深める努力をすること。そして、自身の話力を磨くこと。話力理論を伝える技術を磨くこと。』をめざしています。これを短く「話力を広め、話力を深め、話力を磨く」と表現しています。
私は著名人をはじめ、世の中で活躍されている多くの方の講演を聴いてきました。いくつも記憶に残る、印象的な話がありました。
20年前だったでしょうか、「夢を実現する力」というテーマで6回シリーズの講演会に聴衆として参加しました。毎回著名な方が登壇されました。お天気キャスターの森田正光さん(1950‐)「気象データを10倍活用する方法」。元内閣安全保障室長の佐々淳行さん(1930‐2018)「いざという時を想定し、どう対処するか」。龍源寺住職の松原哲明さん(1939‐2010)「生きる力となることば」。映画字幕翻訳者の戸田奈津子さん(1936‐)「映画、字幕、そして出会い」。ジャーナリストの櫻井よしこさん(1945‐)「今こそ日本のあり方を考える時」。どれもいまだに忘れられない、すばらしいお話でした。そして、この講演会の6回目。期待しました。「誰がトリを務めるのだろう」そう思いました。登山家の野口健さん(1973‐)「人生の分岐点」でした。野口さんは当時29歳、私は正直「えっ、若い。90分の講演、500人の前で最後まで退屈させずに話せるのか!?」と思ってしまいました。野口さんのことは、その昔「野口健、二十歳(はたち)。違いがわかる男のゴールドブレンド」というコマーシャルの一節で知っている程度でした。
講演が始まりました。登山家として30代で7大陸の最高峰を最年少登頂。その後、エベレストや富士山の清掃登山などの社会貢献活動をしていました。野口さんは淡々と話を続けます。あっけらかんと話しているといったほうがイメージに近いでしょうか。父は外交官、母はギリシャ人。野口さんが思春期の多感な時期に、お母さんは他の男性と恋に落ち、家を出ていってしまいました。英国の学校の寄宿舎に入った野口さん。ことばがわからず、成績が良いはずはありません。家庭はそういう状況です。始終暴力沙汰を起こして、しまいには停学の処分を受けました。失意の野口さんはお父さんから「健よ、俺には国家の仕事がある。お前は自分で生きていけ。」と言われました。彼は日本に戻り、思ったそうです。「落ちこぼれ、ふつふつと湧き上がるエネルギーを押さえられない。このままではだめになる。何かやらなきゃ!」そんな時、巡り合ったのが植村直己さん(1941-1984)の「青春を山にかける」でした。これだと思い、山岳会の門をたたき、先輩たちの指導を受けながら登り続けました。何度も危ない思いをし、命を助けられながら、しだいに注目されるようになりました。コマーシャルにも出演しました。そして、最年少登頂をめざしたエベレストで登頂を断念。「怖い!このまま続けたら死ぬ。もうやめよう」そう思いました。しかし、記者会見で、「最年少登頂は売名行為では?本気で登る気ないのでは?」との記者の質問に反発。「来年、必ず登る!!」
野口さん、内心は「しまった。余計なことを言ってしまった」と思ったそうです。しかし、初志貫徹し、翌年に当時の最年少登頂を果たしました。
「一歩の判断が生死を分ける」「多くの方の協力による清掃登山」 興味深い多くの事例。スリリングな展開。最後まで500名の聴衆をひきつけました。聴かせ続けました。内容で、人柄で。野口さんの熱い心が伝わってきました。本当に感動しました。泣きました。私のこの気持ちを表す適当なことばが見当たりません。
感動したのは、野口さんが有名人だからですか?普通の人にはできない特別のことを成し遂げたからですか?否。そればかりではありません。挫折を克服して多くの人とかかわり、支えられ一生懸命生きてきた。そのことに共感し、涙したのです。
確かに「話の味は人の味」。すばらしい、感動的な話は、聴くに値する価値ある内容を、それを話すにふさわしい人が、ふさわしい話し方で話したときに生まれます。その話に話し手の人生を感じます。まさに「話は人なり」です。ですから、すばらしい話をするには、価値ある内容を持ち、それを話すにふさわしい人になり、ふさわしい話し方ができるように自分を磨くことが大切です。
話力磨きに終わりはありません。私の話力の師、永崎一則は94歳。先日、手紙とともに著書が送られてきました。リハビリの施設に入り、日々を過ごしていると、いろいろ感じることがある。そのことについてまとめてみたとのことでした。永崎の百数十冊目の本の最新刊です。いまだに継続して挑戦し続ける永崎の姿勢から多くのことを学んでいます。
話力磨きには、行動する勇気と実践が大切です。泳ぎを覚えるには泳がなければ覚えられません。通信教育だけでは泳げるようにはならないでしょう。話したり、聴いたり、人とかかわる機会を作ること。チャンスを逃がさないこと。チャンスから逃げないことです。
そして、いつものように無難にやっていては成長しません。一歩踏み出す勇気を持ってください。例えば、不得意な話にチャレンジする。同じ話ばかりせずに、幅を広げる。深める。そうすると、うまくいかないこともあるでしょう。失敗するかもしれない。失敗から学ぶことも大切です。失敗を恐れない勇気を持ちましょう。「負けて覚える相撲かな」といいますね。「傷つかなければ気づかない」とも言います。うまくいかなかったときこそ、レベルアップのチャンスです。反省を生かし、工夫してみましょう。
世界的な建築家の安藤忠雄さん(1941‐)。実は高卒です。独学で建築家になり、1997年には東大工学部建築学科の教授に就任されました。そして2001年に「連戦連敗」という著書を東大出版会から出されました。安藤さんのキャリアに似合わない本のタイトルです。実は安藤さん、大規模な国際コンペに10年間連戦連敗だったそうです。その敗因を分析し、改善し、10年も挑戦しつづけました。この本の原稿を書き終えようとしている、まさにその時に連絡が入りました。パリ郊外セーヌ川スガン島の現代美術館で勝利したのです。
「継続は力なり」といいますが、ただぼんやりと継続しているだけではいけません。継続は「努力してこそ力なり」ですね。そして継続は「成功するまで努力してこそ本当の意味がある」のではないでしょうか。「井戸を掘るなら最後まで掘れ、水が出るまで掘れ」といいますね。
私は産業能率大学のマネジメントセミナー「人を動かす職場の話し方実践」を長年担当しています。2日間の日帰り講座です。定員15名で年に5回前後実施されるのですが、毎回ほぼ定員いっぱい、場合によっては定員オーバになることもある人気の講座です。講座2日目の最後に、締めくくりとして、受講生全員に感想を発表してもらいます。それぞれの参加者が心に響く感想をおっしゃいます。すべてを紹介するわけにはいきませんので、ある女性の参加者の感想を紹介します。
『私の職場には、あいさつしても返してくれない先輩がいます。何度してもダメです。数カ月続けてきましたが、だめでした。この頃はあきらめかけていました。しかし、このセミナーを受けて、あいさつの大切さを知りました。あらためて学びました。なによりも先生が必ずあいさつしてくれました。朝、はじめて会ったときも「おはようございます」。昼休みに出かけるときも「いってらっしゃい。気をつけて」。教室に戻ってくると、「おかえりなさい」。私も職場で続けてみようと思いました。がんばってみようと思いました。』
たいへん気持ちのこもった聴く側の心に響いてくる感想発表でした。
人の心をつかむ話をするには人をひきつける魅力的な人にならなければなりません。「話は人なり」です。自分以上は出ないのです。話を良くすることは自分を良くすること。自分磨きを日々コツコツと継続してください。
最後までお読みくださりありがとうございました。できればもう一度、最初からお読みくださると、新たな気づきがあるはずです。さらに何度も読み返して、あなたの話力磨きに役立ててください。身につけた話力を錆びつかせず、生かし、さらに磨きをかけてください。
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