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理事 田村 聡 の「講義力をともに高めよう」8

第 8回 『話の障害とその対策』

 この項目は、あがり・緊張を改善したいと願っている受講生にとって、最も学びたい内容のひとつと言えるでしょう。受講生の期待が大きいだけに、それに応える講義内容を組み立てることが求められます。

 緊張はだれしも感じるもので、人間の自然な反応です。話のプロでも緊張します。適度な緊張があるからこそ、良いパフォーマンスを発揮できるのです。ところが、その緊張を自分でコントロールできなくなったときに“あがり”となります。その結果、もともと持っているはずの話力がしぼんでしまうことがよくあります。これはおおぜいの人の前で話すときに限らず、1対1や少人数の場面でも起こります。採用面接、重大なミスを上司に報告するときなど、さまざまな場面が考えられます。

 冒頭で講師自身の体験談を語ると、受講生にとっては共感できるものとなるでしょう。そして、どのように克服してきたのかを3つの側面から考えていくことを伝えると導入は成功します。学ぶ動機づけになるからです。

(1) 内容的なもの

 なぜここから考えていくのでしょう。話力理論は単なるテクニックだけを取りあげるのではなく、話力の三要素をともに高めていくことを強調しています。そこで、まずは内容力の面から原因と対策を掘りさげていきます。

 ①話す内容、②適切な話の材料を選ぶ力、③話のまとまり、④自分への自信、この4つが「不足」していると、あがる原因になりやすいと言えます。突然指名されて発言を求められる場面では、これらが同時に起こりやすいですね。単独の原因ではなく、すべて関連しています。

 対策は「内容力を高める」のひとことに尽きます。「話力の基本要素を高める」ですでに学んでいる内容ですから、冗長にならずに努力目標を短く伝えるだけで十分です。そして、日頃の積み重ねが大切であることも強調しましょう。

 内容的な面での対策として、難しいのは「自信を持つ」ということです。話の内容を十分に消化して自信を持つことは、準備段階としては必須です。ここはもう少し掘りさげて見ていく必要があります。

(2) 心理的・生理的なもの

 テキストに書かれている「相手に対して付属的な期待をもつことが最大の原因になっている」という一文は「人からよく思われたい」と願うから、人の目が気になってあがってしまうということです。これは人間が抱くごく自然な気持ちです。向上心にもつながりますから、決して否定すべきものではありません。しかし「人から期待される自分」を意識しすぎると、それに縛られてしまい、自分らしさが発揮できなくなります。

 付属的な期待(優越感)があまりにも強くなると「うまくいかなかったらどうしよう」という劣等感に悩むことになります。すると、話すことに対するマイナスイメージが浮かんできます。その結果、話すことに熱意を持てず、後ろ向きの姿勢になります。そのような気持ちで話しても、不安が先に立つと「予定していた内容を忘れてしまったらどうしよう」という恐怖感を抱く可能性があります。心理的な原因として、このようなものが挙げられます。テキストに書いてある4項目は、全て関連していると言えるでしょう。

 対策としては、無理をせずに「等身大で臨む」ことが大切です。そのために①自分なりの目標を設定する、②素直に話す、③よく知らないことは言わない、という方法がテキストに書かれています。目標は易しすぎず難しすぎず、少し頑張れば到達できそうなものがよいでしょう。できるかできないか、五分五分のときに人間は最もやる気が高まると言われています。私は話力を学び始めた頃「とにかく予鈴までは前に立っていよう」という目標を立てました。スモールステップで目標を設定していけば、一歩ずつ上達します。そのときに、自分がよく消化していない、あるいはうろ覚えのことを話すのは危険を伴います。途中でわからなくなると、話が破綻します。自分が理解していることだけを話すのも、安心材料になります。

 このような心理的障害を取り除くとともに、生理的な障害もできる限り減らしたいものです。体調を整えるのはもちろんのこと、話す前にはお手洗いに行くなどの対策は意識すれば実行できます。講師の実践例なども出せると説得力が増すでしょう。

 内容的な面、心理的・生理的な面からあがりの対策を考えてきました。そのうえで、対応力である方法的な面からの努力も欠かせません。

(3) 方法的なもの

 誰しも初めて取り組むことには不安を抱くものです。見通しが立たないから、自ずとあがります。

 私は20歳のときに自動車の運転免許をとるために教習所に通いました。実技教習で初めて教習所内のコースに出たとき、腕と肩に相当力が入っていたことを覚えています。指導教官が横からハンドルを動かそうとしてもびくともしないので「もっと力を抜いて!」と言われました。自分が車を運転できるとは思えず、ガチガチにあがっていたのでしょう。話の場でも同じことが言えるのではないでしょうか。

 原因として挙げられている①自分の話に自信がもてない、②効果的な方法をもっていない、③対話になれていない、この3項目はいずれも“経験不足”から起こる不安です。しかし、何でも経験すればよいかというと、そうとは言い切れません。④過去の失敗へのこだわりは、一般的にトラウマと呼ばれるものです。人間には防衛本能があります。ネガティブな感情を伴った経験は、また同じことにならないように記憶に強く残しておくのです。

 対策の①と②は、くり返し練習して場数を踏むという“実践の大切さ”と言えます。そのときに、まず形から入るということもヒントになります。形から入って心を整えることを意識するとよいでしょう。それが③に書かれているポイントです。そして④で挙げられている“見取り稽古”も、自分の理想とするイメージ作りに役立ちます。漠然と見るのではなく、何かをつかみとろうという姿勢を持つことが大切です。

 受講生にとって、講師はひとつのモデルになります。講師自身の努力の過程を示すことが、よき道標になります。自分の実践をたくさん例として盛り込むように工夫してみましょう。

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